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東京地方裁判所 平成7年(ワ)6714号 判決

原告(反訴被告。以下「原告」という)

本間里子

外二名

右訴訟代理人弁護士

後藤峯太郎

被告(反訴原告。以下「被告」という)

株式会社武富士

右代表者代表取締役

武井保雄

右訴訟代理人弁護士

遠藤徹

主文

一  被告は、原告本間里子に対し、金一三万四一六〇円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は、原告碓井真理雄に対し、金一〇万四四六七円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告野口和江が被告に対して負担する別紙貸金目録(三)記載の貸金債務について、金三万四五三二円及びこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を超える債務の存在しないことを確認する。

四  原告野口和江は、被告に対し、金三万四五三二円及びこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の各本訴請求並びに被告の原告野口和江に対するその余の反訴請求及び原告本間里子、原告碓井真理雄に対する各反訴請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

七  この判決は、第一項、第二項及び第四項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴請求

1  被告は、原告本間里子に対し、金一三万八〇〇〇円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は、原告碓井真理雄に対し、金一〇万八四四四円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

3  原告野口和江の被告に対する別紙貸金目録(三)記載の貸金債務が存在しないことを確認する。

二  反訴請求

1  原告本間里子は、被告に対し、金三五万六五一三円及び内金三五万一八二九円に対する平成七年三月九日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。

2  原告碓井真理雄は、被告に対し、金五〇万四〇二一円及び内金四九万五七一〇円に対する平成七年二月二八日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。

3  原告野口和江は、被告に対し、二九万七六五九円及び内金二九万二六〇九円に対する平成七年三月一日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、消費者金融会社である被告からそれぞれ金銭の貸付を受けた原告らが、被告に対し、原告らの返済した金額が、利息制限法に基づく利息計算をすれば被告に対する債務はもはや存在せず、かえって過払いになっているとして、原告本間里子及び原告碓井真理雄について不当利得の返還を、原告野口和江について債務不存在確認をそれぞれ求める一方(本訴請求)、被告が原告らに対し、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という)四三条に基づくみなし弁済が行われたとして、約定利率及び遅延損害金利率を前提とした貸付金の未払金等の支払を求めた事案(反訴請求)である。

二  判断の前提となる事実

1  被告は、貸金業法三条により、昭和五八年一二月二〇日に貸金業者としての登録を受け(登録番号関東財務局長(1)第〇〇〇二〇号)、以後四回の登録更新を受け、同法二条にいう貸金業を営んでいるものである。

2  原告らは、被告との間で、原告本間里子については別紙貸金目録(一)、原告碓井真理雄については同目録(二)及び原告野口和江については同目録(三)記載のとおり、それぞれ包括契約である限度額設定融資契約(以下「本件契約」という)を締結した。

3  被告は、原告らに対し、本件契約に基づき、原告本間里子については別紙計算書1、原告碓井真理雄については同計算書2及び原告野口和江については同計算書3各記載のとおり、「トリヒキ」欄の番号が「11」、「14」又は「15」の行に対応する「ショリビ」欄記載の日に、「カシツケ」欄記載の各金員をそれぞれ貸し付けた。

4  原告らは、それぞれ、右計算書中「トリヒキ」欄の番号が「24」又は「26」の行に対応する「ショリビ」欄記載の日に、「ゴウケイ」欄記載の各金員を返済した。

5  被告の原告らに対する貸付のうち、右計算書中「トリヒキ」欄の番号が「15」の行に対応する取引は、現金自動貸付返済機(以下「ATM」という)によるものである。また、原告らのした返済のうち、計算書中「トリヒキ」欄の番号が「24」の行に対応する取引は、ATMによるものである。

6(一)  ATMによる貸付及び返済の場合、別紙明細書例のとおりの「ATMご利用明細書(領収書)」が発行される。

(二)  右書面の用紙には、被告の商号、住所地、登録番号が不動文字で印刷されている。

右書面は、貸付及び返済のいずれの場合も同一の用紙に印字されたものが発行されるが、貸付の場合は、右用紙の「お取引内容」欄に「ゴユウシ」との印字がされ、「取引金額」欄に貸付金額が印字されるのに対し、返済の場合は、「お取引内容」欄に「ヘンサイ」との印字がされ、「今回返済額」欄に返済金額(ATMに投入した金額)の印字がされるとともに、「お利息充当額」欄、「遅延利息」欄及び「元金充当額」欄に当該返済における利息への充当額、遅延損害金への充当額及び貸金元金への充当額が印字されるようになっている。また、いずれの取引においても、右用紙の「契約番号」欄及び、「基本返済額」欄には、それぞれ前記2の包括契約書の契約番号及び返済時における各回の返済金額の印字がされる。

(三)  右書面は、利用者がATMによる取引操作を行った後に印字され機械から排出されるようになっており、返済の場合は、利用者が取引操作を行い、返済に充てる現金をATMに投入した後で排出される。

被告の設置するATMにおいては、顧客がATMに現金を投入する時点までの間に、ATMの画面に貸金業法一八条一項四号に定める元本、利息及び損害金の額が表示されることはない。

三  当事者の主張の要約

1  原告ら

(一) 原告らの返済金について利息制限法所定内の利率及び賠償金の予定を前提として計算すると、利息、損害金及び元金への充当関係は、それぞれ別紙法定充当計算書(一)ないし(三)記載のとおりとなる(ただし、原告本間里子について被告の店頭で支払った分(別紙計算書1中「トリヒキ」欄の番号が「26」の行に対応する取引)については、約定利息で充当する)。

(二) よって、原告本間里子は、被告に対し、超過支払分の内金一三万八〇〇〇円及びこれに対する本訴請求の訴え変更申立書の送達された日の翌日である平成八年二月一日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を、原告碓井真理雄は、被告に対し、超過支払分の一〇万八四四四円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求め、原告野口和江は、被告に対し、別紙貸金目録(三)記載の貸金債務の不存在の確認を求める。

2  被告

(一) 被告は、約定利息及び損害金を前提として計算すると、利息、損害金及び元金への充当関係は、それぞれ別紙計算書1ないし3記載のとおりであり(ただし、原告本間里子について、同原告が銀行送金によって支払った分(別紙計算書1中「トリヒキ」欄の番号が「29」の行に対応する取引)については、受取証書を直ちに交付していないので、同原告に対する反訴請求については、その部分を利息制限法所定の利率によって計算した別紙計算書1の2のとおりとなる)、これによれば、各原告の残元金は、原告本間里子について平成七年二月九日現在で三五万一八二九円、原告碓井真理雄について同年一月二四日現在で四九万五七一〇円及び原告野口和江について同日現在で二九万二六〇九円となる。

(二) そして、原告らは、それぞれ次の約定支払日までに金員の支払をしなかった。

(1) 原告本間里子

平成七年三月八日

(2) 原告碓井真理雄

平成七年二月二八日

(3) 原告野口和江

平成七年二月二八日

(三) 被告の主張による原告らの残元金額を前提とした場合の、原告らの最終支払日から右約定支払日までの利息制限法所定内の未払利息は、次のとおりである。

(1) 原告本間里子 四六八四円

(2) 原告碓井真理雄 八三一一円

(3) 原告野口和江 五〇五〇円

(四) よって、被告は、原告らに対し、それぞれ、貸金の残元金及び右確定利息の合計額(原告本間里子について三五万六五一三円、原告碓井真理雄について五〇万四〇二一円及び原告野口和江について二九万七六五九円)並びにそれぞれの残元金について各原告について期限の利益を喪失した前記(二)の翌日から支払済みまで利息制限法所定内である年三六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

四  争点

1  ATMによる貸金の場合において、機械から排出される書面の記載は、貸金業法一七条一項の「契約の内容を明らかにする書面」といえるか。とりわけ、右書面の「基本返済額」の記載は、貸金業法一七条及び同法施行規則一三条一項一号チが要求する「各回の返済金額」の記載といえるか。

2  ATMによる返済の場合において、現金投入後に利息、損害金に充当される金額や元本に充当される金額の印字された書面が排出されるが、このことにより右返済が貸金業法四三条にいう利息や損害金の任意の支払といえるか。

3  利息制限法所定の制限を超えた約定利息の支払について、約定支払日までに「最低支払額」の支払を一度でも怠ったときは期限の利益を喪失し、直ちに残元利金を支払うべきものとするいわゆる懈怠約款が付されていることが、貸金業法四三条にいう任意の支払とはいえない事情となるか。

五  争点1についての当事者の主張

1  被告

(一) 被告は、本件契約締結の際、それぞれ、原告らに対し、右貸金目録(一)ないし(三)の一ないし八記載の事項、すなわち、被告の登録番号、住所地、商号、原告らが負担すべき元本及び利息以外の金銭に関する事項等や貸金業法一七条一項及び同法施行規則一三条所定の、貸付に係る契約内容を明らかにする事項を記載した契約書面(以下「包括契約書」という)を交付した。そのうえで、被告は、原告らに対する本件契約に基づくATMによる貸付の際、その都度、原告らに対し、貸付年月日、貸付の基礎となる包括契約書の契約番号等、貸付の内容に関する所定事項を記載した書面をATMを介して交付している。

この書面は、右の包括契約書と一体のものとしてみれば、大蔵省銀行局長通達(「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」)第二の4(2)ハに従った、貸金業法一七条所定の書面であるということができる。

(二) 右書面においては、「基本返済額」との記載をもって貸金業法施行規則一三条一号チにいう「各回の返済金額」が明示されている。

右書面における表現は、「各回の返済金額」という表現とは同一ではないが、貸金業法及び同法施行規則は、各貸金業者においてそれぞれ契約書等に用いる語句の表現が法令に用いられている語句と全く同一であることまでを要求しているものとは考えられず、右法令が消費者に認識させようとした意味内容について、一般通常人をして理解できるものであれば良いと解すべきである。

そして、右法令は、「各回の返済金額」という語句により、顧客が貸金業者に対して毎支払期日に返済すべき金額を認識させようとしたのであると考えられる。したがって、「基本返済額」という表現によっても顧客が毎支払期日に自らが返済すべき金額を認識し得ることは明らかであるから、被告の発行する右書面に記載された「基本返済額」は、右法令により要求されている「各回の返済金額」であるということができる。

また、右法令は、「各回の返済金額」を明示すべき旨命じているが、各返済額中における利息及び損害金の額を明示することまで要求していないというべきであるから、被告の発行する右書面は、貸金業法一七条及び同法施行規則の規定する要件を満たした書面であるというべきである。

2  原告ら

包括契約書の記載及びATMによる貸付の際に発行された書面の記載であは、貸金業法一七条一項八号及び同法施行規則一三条一号チにいう「各回の返済金額」が明示されているということはできない。

また、貸金業法四三条の適用を受けるためには、約定された各回の返済において、債務者が利息制限法上無効な部分の利息の支払を容易に拒否することができる取引でなければならないというべきである。したがって、本件における貸付のような元利定額リボルビングの貸金取引が同条の適用を受けるためには、少なくとも各回の返済を受ける前に、各返済額中における利息ないし損害金の額を明示しなければならないのであって、これを明らかにしていない書面は、貸金業法一七条の要件を満たしていないと解すべきである。

六  争点2についての当事者の主張

1  被告

貸金業法は、顧客が返済する際に事前に利息、損害金及び元金の区別を明示することまで要求しているとは解されない。

したがって、顧客が、被告の設置するATMに現金を投入する時点で、ATMの画面に利息、損害金及び元金の額が表示されていなくとも、貸金業法四三条にいう利息や損害金の任意の支払がないということはできない。

2  原告ら

本件におけるATMによる返済においては、原告らが現金を投入するまでの間に、充当されるべき利息、損害金及び元金の額が明示されていないのであるから、原告らは支払額中における利息、損害金及び元金の額を認識しないままに返済を行ったものであり、貸金業法四三条にいう任意の支払に該当しない。

七  争点3についての当事者の主張

1  原告ら

貸金債務の債務者としては、直ちに残元利金を支払えない場合、懈怠約款の存在により、不本意であっても約定どおりの支払をせざるを得ないことになる。このように、利息制限法所定の制限を超える利息の支払約定については、これを前提とする懈怠約款は無効であるとしても、貸金業の顧客一般にそのような法的知識を期待することはできず、事実上、債務者に対し、右支払約定に従わない場合の不利益の予告として、利息制限法所定の利率を超過する部分の支払までをも強制する効果を有するものである。したがって、このような不利益の予告のされている貸金契約における約定利息の支払は、一般的に任意性のないものであるというべきである。

2  被告

任意の支払とは、債務者が利息の契約に基づく利息又は賠償額の予定に基づく損害金の支払に充当されることを認識した上、自己の自由な意思によってこれらを支払ったことをいう(最高裁判所平成二年一月二二日判決)のであって、懈怠約款の存在等だけから右の支払が強制されたということはできない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(〈書証番号略〉)によれば、被告が原告らに対し、本件契約に際して交付した包括契約書及び原告らによる各回の借入の際に交付された書面には、貸金業者(被告)の商号、住所、契約年月日(包括契約の締結日及び各回貸付の日)、貸付金額、貸付利率、返済方式、返済期間及び返済回数、賠償額の予定及び各回の返済額に相当する金額の記載があり、貸金業法一七条一項及び大蔵省令に定める事項について、その契約の内容を明らかにする書面として欠けるところはないものと認められる。

2  この点、原告らは、ATMによる貸付の際、被告が交付した書面には「基本返済額」との記載はあるものの、これは「各回の返済金額」を記載したものとはいえないと主張する。

貸金業法一七条の委任する大蔵省令が「各回の返済金額」の記載を要求している趣旨は、貸金業者の顧客に対して、貸付金の返済について、毎支払期日における支払うべき金額を認識させようとすることにあるところ、右規定は、必ずしも右文言以外の文言による記載を一切許さない趣旨とは解されず、当該顧客において毎支払期日に支払うべき金額であると認識することができる表現であれば、「各回の返済金額」という文言によらなくとも、右記載がなされたものと認めて良いと解すべきである。

そして、本件における被告発行の前記各書面の記載内容を見るに、包括契約書においては、「最低支払額」との表現をもって、毎支払期日において原告らが支払うべき額の最低額が示されており(さらに右最低支払額を超えて支払うことができること及びその場合の将来の返済についての定めに関する記載がある)、これを受けて、現実の金員の貸付の際にATMにより交付される書面には、「基本返済額」との記載により、当該貸付により次回の支払期日以降に支払うべき額が記載されているのであり、これらの記載は、被告の顧客である原告らにおいて、毎支払期日において支払うべき最低額を「最低支払額」の記載により算出することができ、かつ、「基本返済額」の記載により具体的な金額として認識することができるものと認められるから、これらの記載は、貸金業法施行規則一三条一項一号チが要求する「各回の返済金額」であるということができる。

また、原告らは、返済金額中の利息又は損害金の額を明示することが貸金業法一七条により要求されていると主張するが、これを肯定すべき根拠を見出すことはできない。

よって、原告らの主張は採用できない。

二  争点2について

1  貸金業法四三条によれば、債務者が貸金業者に対して利息制限法所定の制限を超過する利息又は損害金の支払をした場合にこれを有効な利息又は損害金の弁済とみなすためには、貸金業者が、右支払に係る金員の貸付の際に貸金業法一七条所定の書面を交付すること及び各支払の度に直ちに同法一八条所定の書面を交付すること等に加え、債務者が利息又は賠償金として任意に支払ったものであることを要すると定められている。

そして、右にいう「利息として」又は「賠償として」の支払については、債務者が利息の契約に基づく利息又は賠償額の予定に基づく賠償金の支払に充当されることを認識していることを要するが、右認識があれば、「利息として」又は「賠償として」支払ったと認め得るのであって、債務者においてその支払った金額が利息制限法所定の利率又は賠償額の予定の制限を超過していることや当該超過部分の契約が無効であることまでを認識している必要はないと解すべきである(最高裁判所平成二年一月二二日判決)。

2  ところで、本件においては、前記のとおり、原告らそれぞれによる貸付金の支払の多くはATMを利用して行われている。右ATMを利用した返済については、利用者が任意の金員をATMに投入し、ATMに収納された後で、「ATMご利用明細書(領収書)」と題する書面が印字されて発行される。この書面中には、右支払において充当された利息、損害金及び元金の金額が各別に印字され、これにより当該ATM利用者が当該支払金が利息、損害金及び元金にどのように充当されたかが認識できるようになっている。しかし、ATM利用者は、金員の投入を完了し、ATMによって収受された後まで、当該支払によって利息、損害金及び元金に充当される具体的金額を示されることはないのである。

右のようなATMによる返済の状況によれば、原告らは、被告に対して支払をする際に、利息や損害金の具体的な額を知ることができないままに支払を完了してしまい、利息又は損害金への現実の充当額は事後的に認識し得るにとどまるのであるから、これをもって、原告らの支払金が、利息や損害金に充当されることについての認識があったと認めることはできない。

3(一) 被告は、債務者が返済を行う際に事前に利息、損害金及び元金の区別を明示することまでは、法令により要求されてはいないと主張する。

しかし、前記のとおり、貸金業法四三条は、利息制限法所定の利率や賠償額の予定の制限を超過する利息や損害金を貸金業者が有効に収受できるためには、消費者保護の見地から、「利息として」又は「損害として」任意に支払ったことを要する旨明示しており、前記最高裁判所平成二年判決の趣旨に照らしても、債務者が返済を行う際に、利息又は損害金の金額が具体的にいくらであるかを認識しないままであったとすれば、債務者が当該支払において利息や損害金を支払うとの認識はなかったものといわざるを得ない。したがって、被告の右主張は採用できない。

(二) この点に関し、貸金業法一八条一項四号は、貸金業者に対し、弁済を受けたときは、その都度、直ちに「受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額を記載した書面」を交付することを義務付けており、右の記載をした書面に支払に先立って交付することまでは要求していない。

しかし、右の規定は、弁済を受けた際に、貸金業者が行うべき義務を規定したものであり、これに違反した場合には行政上、刑事上の不利益が課されるものであって(同法三六条一項一号、四九条三号)、このことと、同法四三条によるいわゆるみなし弁済の適用要件とは別個のものであることは、同条一項が、二号において同法一八条所定の要件を充たすべきことを要求していることに加え、その本文において「債務者が利息として任意に支払った」ことを要件としていることからしても明らかである。

貸金業者の店頭において債務者が返済を行う際には、実際上、債務者の金員の交付と同法一八条所定の書面の交付がほぼ同時に行われると考えられる(民法四八六条。貸金業法一八条は、右による受取証書の引換給付を受ける権利を否定したものとは解し得ない)し、債務者は、その際、貸金業者に対し、充当されるべき利息、損害金及び元金の金額を尋ねることも容易である。したがって、返済行為の終了までに債務者がその利息等への充当額に納得できない場合、直ちに異議を申し出てその支払を拒絶ないし撤回することも可能であるから、債務者による当該支払金が約定による利息又は損害金に充当されることを認識してされたとみる余地があるということができる。これに対し、ATMによる返済の場合、その利用者は、通常の方法によっては事前に約定による利息や損害金の金額を知ることはできず、また、いったん金員が収納されて利用明細書が発行された段階では、通常の方法では返済を撤回するなどして投入した金員を回収することができないのである。そうすると、ATMによる返済の場合、店頭での返済の場合と異なり、債務者が約定による利息や損害金の具体的金額を認識して支払ったと見る余地はないといわざるを得ないのである。

(三) また、本件のように、貸金業者が最初に包括的な融資契約書を作成している場合、当初の包括契約書には、具体的な貸付についてその支払方法、利息及び損害金の割合、支払方法等についての計算式が明示されている(本件でも同様である)から、債務者としては、ATMを利用して支払う金員が、約定による利息や損害金として具体的にどのくらい充当されるかを算出することは一応可能であるということができる。

しかし、貸付限度額を決め、その範囲内で何回でも貸付をしたり、支払を受けたりする貸付形態の場合、貸付金額がその都度変動することもあって、右包括契約書の記載から具体的な利息、損害金及び元金に対する充当額を算出するのは相当に困難であり、残元金及び前回支払日を明らかにした上、複雑な計算を要することになる。とりわけ、本件のようないわゆるリボルビング払いの場合には、困難さが増すということができる。前述のとおり、債務者が店頭において返済をする場合には、支払とほぼ同時に充当されるべき利息、損害金及び元金の金額を知ることができ、その場で支払の拒絶ないし撤回をする余地があるのと異なり、ATMを利用した場合においては、その場で利息又は損害金の額を問い質すことができず、いったん金員が収納されて利用明細書が発行された段階では、返済を撤回することはできないのであるから、債務者自身が、そのような計算をして、あらかじめ当該支払金に占める約定による利息や損害金の額を認識しておく必要があるが、それを要求するのは、債務者に酷であって相当ではない(他方、貸金業者においては、右計算は当然行っていることであり、ATMによる処理においても、債務者に対し、投入される(又は投入された)金員が利息、損害金及び元金に充当される額を、当該取引が終了する前に明示することは十分に可能であると考えられる)。

4 以上によれば、原告らがATMによってした返済については、その支払を行った際、当該支払金を約定の利息や損害金として支払う認識があったとはいえず、利息の支払が任意であったと認めることはできないというべきである。したがって、当該支払金について、利息制限法所定の利率や賠償額の予定の制限を超過する分の利息や損害金に対しての充当は無効であり、右超過部分については、民法四九一条により、それぞれの貸金元金に充当されるべきである。

三  争点3について

1  原告らは、利息制限法所定の制限を超過する利息や損害金について懈怠約款が設られているのは、原告らに対して右利息や損害金の支払を強制する効果を有するものであり、そうした約款が存在する中での原告らの支払は、貸金業法四三条にいう任意の利息の支払とはいえないと主張する。

2  しかし、同条にいう任意の支払とは、違法不当な行為により強制された支払ではないものをいうが、右懈怠約款が設けられていても右の強制には当たらないとい解すべきである。その理由は次のとおりである。右懈怠約款は、顧客が支払期日までに支払をするよう動機付ける機能を有するが、それは単に毎回の支払を心理的に動機付けるにとどまり、顧客が右約款による効果をおそれて支払ったとしても、これを強制によると評価するのは相当ではない。なぜなら、右約款がその文言どおりの効力を有すると誤信し、その効果をおそれることと、もともとその利息の約定が法律上無条件に効力を有すると誤信し、これを従わざるを得ないと考えることとの間には、心理的強制という面で大きな差はないといってよいが、後者の心理的強制により利息の支払をした場合には、約定利息を支払うという認識さえあれば、任意の支払と解している。そうであるならば、前者の場合にも任意性を否定すべき理由はないからである。よって、原告らの右主張は採用できない。

四  結論

以上によれば、原告らの被告に対する支払のうち、計算書中「トリヒキ」欄の番号が「24」の行の取引については、利息制限法所定の利率や賠償額の予定の制限を超過する約定利息及び損害金への充当は無効であり、元本に充当されるべきである。

そして、原告らと被告間の貸付及び返済状況によれば、その利息、損害金及び元金の充当関係や残元金の額は、別紙第二計算書1ないし3のとおりとなるから、原告らの被告に対する各債務は、原告本間里子については平成六年四月八日以降、原告碓井真理雄については平成六年五月二三日以降、それぞれ、支払うべき残元本はすべて消滅しており、かえって、原告本間里子については平成七年二月九日現在で一三万四一六〇円、原告碓井真理雄については平成七年一月二四日現在で一〇万四四六七円の各超過支払分が存すること、並びに原告野口和江については、平成七年一月二四日で、被告に対して残元金として三万四五三二円が未払となっていることが認められる。

よって、原告らの本訴請求は、原告本間里子が被告に対して一三万四一六〇円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分、原告碓井真理雄が被告に対して一〇万四四六七円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分、並びに原告野口和江の請求のうち同原告が被告に対して貸金残元金三万四五三二円及びこれに対する期限の利益を喪失した日である平成七年三月一日から支払済みまで利息制限法所定内の年三六パーセントの割合による遅延損害金を超える債務の存在しないことの確認を求める限度でそれぞれ理由があるのでこれらを認容し、原告らのその余の各本訴請求は理由がないので棄却し、一方、被告の反訴請求は、原告野口和江に対して貸金残元金三万四五三二円及びこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年三六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、同原告に対するその余の反訴請求並びに原告碓井真理雄及び原告本間里子に対する各請求の全部はいずれも理由がないのでこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根良朋紀 裁判官安浪亮介 裁判官小野寺真也)

別紙貸金目録(一)(二)(三)〈省略〉

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